高月町をあとにしたら、山間の道を使って北国街道旧木之本宿を目指します。
木之本宿は江戸時代に栄えた宿場町。
北国街道が町の中央を通り、当時の面影を残した景色が両脇を埋めます。
北国街道がぶつかるT字路には道しるべが。
そこには「みぎ京いせみち」の文字があります。つまり右に行けば京都、伊勢に行けるということ。逆側には「ひだり江戸なごやみち」の文字。
ここは北国街道と北国脇往還の分岐点なのです。
北国脇往還は中山道へ続き、江戸、名古屋方面へ行く近道でした。
街道脇は創業450年以上の酒蔵、創業150年の醤油屋さん、日本の薬剤師第一号がいた薬屋さん…などなど、ここを走るとまるでタイムスリップしたかのような気分。 | ||
[左] 高月から木之本へ抜ける山道は、アップダウンの少ない旧道を選びました。写真はその旧道にあるトンネル。 |
そして最後に見えてくるのが、「 木之本地蔵院 」。 高さ6mもあるお地蔵さんがこちらのシンボル。日本三大地蔵に数えられることもあります。
目の仏様だそうで、周囲を埋め尽くすカエルの置物は、みんな片目をつむっています。目の病気に悩む参拝者たちを憐れみ、カエルたちが身代わりの願をかけてくれているのです。
本堂のほうは、真っ暗な回廊を進む「御戒壇巡り (300円)」があるそうですが、本当に数センチ先も見えない暗闇だそうで、怖くてやめました。
手探りで進んだ末に、錠前に触れることができれば、それはお地蔵様の手に触れたことと同じなんだそうです。 | ||
木之本を散策したら、いよいよ目的地の余呉湖へ。
北陸自動車道をくぐってしばらく行くと、坂口という地名の場所で線路を越えられる道があります。
そこを左に入って北陸本線を渡りましょう。自転車にピッタリな農道が走っています。
やがて余呉湖が見えてきました!
余呉湖は小さな湖で、面積は約2平方kmしかありません(琵琶湖は約670平方km)。
でも、反対側の岸が見えるくらいのほうが、湖を走っている感じが増します。
琵琶湖はどうも、海のようですからね。
余呉湖に着いたらまず立ち寄りたいのが、日本最古の羽衣伝説の地。
金太郎伝説が各地に広がることは先述の通りですが、実は羽衣伝説も余呉湖のみに留まらず、各地にあるんだそうです。この連載でも、 2008年1月の特集 にて三保の松原にある「羽衣の松」を訪ねました。
余呉湖を反時計回りに進むと、天女が羽衣をかけたという柳は左手に見えます。私たちが想像するしだれ柳とは違う種類なので、見落とさないよう注意です。でも、いかにも天女が羽衣をかけたくなるような形のいい柳なので、 私の場合、遠くから見てもすぐわかりました。
ちなみに羽衣伝説は日本だけでなく、アジアにもあるんだそうですよ。
余呉湖は「鏡湖」という別名を持っており、湖面が鏡のようにキレイということで有名でしたが、最近は水質の低下が問題視されています。
確かに鏡湖とは言い難い…。でも、のんびりとしていて、なにせ「湖を一周しています!」という、この実感が嬉しかったです。
余呉湖の近くには賤ケ岳があり、羽柴秀吉と柴田勝家が賤ケ岳の戦いを繰り広げた場所でもあります。湖畔には「尾の呂が浜」といって、その開戦の場も存在しました。
1周約6km、あっという間に走り終えました!
車にもほとんど遭わず、サイクリング天国でした。
さてさて、これで 長浜市サイクリングターミナル の旅はおしまい。帰りは琵琶湖畔を帰るもよし、ターミナルにあった「湖北路サイクリングコース」のルートを参考にするもよし。
往復で100km近くなりますが、信号がほとんどないので思ったより早く走り切れますよ。